「不利な戦術」とは、2つのトリプルアクセルに挑戦したことではない。
ヴァンクーヴァー冬季オリンピック、女子フィギュア フリーで、浅田真央とキム・ヨナが跳んだ7つのジャンプ要素とその採点を、その難度レヴェルごとに組み合わせて並べ替え、比較してみた。
Planned Elements | Executed Elements | Base Value | GOE | Score | |
Kim | 3Lz+3T | 3Lz+3T | 10.00 | 2.00 | 12.00 |
Asada | 3A+2T | 3A+2T | 9.50 | 0.20 | 9.70 |
Kim | 3Lz | 3Lz | 6.60x | 2.00 | 8.60 |
Asada | 3A | 3A | 8.20 | 0.80 | 9.00 |
Kim | 2A+3T | 2A+3T | 7.50 | 2.00 | 9.50 |
Asada | 3F+2Lo | 3F+2Lo | 7.00 | 0.60 | 7.60 |
Kim | 2A+2T+2Lo | 2A+2T+2Lo | 6.30 | 1.40 | 7.70 |
Asada | 3F+2Lo+2Lo | 3F(dg)+2Lo+2Lo | 5.17x | -0.48 | 4.69 |
Kim | 3F | 3F | 5.50 | 1.80 | 7.30 |
Asada | 3Lo | 3Lo | 5.50x | 0.60 | 6.10 |
Kim | 3S | 3S | 4.95x | 1.40 | 6.35 |
Asada | 3T | 1T | 0.44x | 0.00 | 0.44 |
Kim | 2A | 2A | 3.85x | 1.40 | 5.25 |
Asada | 2A | 2A | 3.85x | 1.00 | 4.85 |
(x:演技後半ジャンプ1割増点)
GOEの差や、ミスによる減点を全く考慮に入れず、もともと計画されたジャンプ要素だけを比較しても、真央ちゃんのジャンプは、単独アクセルジャンプ以外は、キムより低いグレードのものばかりである。
ダウングレードされた3連続コンビネーションジャンプ 5.17x が仮にダウングレードされず 9.35x、かつ、1トウループ 0.44x となってしまったジャンプが仮に予定通り3トウループ 4.40x だったとしたら、真央ちゃん基礎点合計は64.00となり、キムの60.90を上回る。しかし、実はキムもひとつミスをしている---演技後半に跳んで1割増しになるはずだった2アクセル+3トウループを跳ぶタイミングが早すぎて、増点無しの7.50となった。これを8.25に修正すれば、計画された基礎点合計の差は、わずか2.35となる。
演技構成点で真央ちゃんがキムを上回ることが難しいのは、滑る前からわかっていることだ。浅田真央チームは技術要素基礎点の段階で、キムをもっと大きく上回るプログラムを組む必要があった。「ノーミスをして(フィギュアスケート界の不思議な言葉)」、GOEを稼ぐのは、その後のことである。3連続コンビネーションジャンプを演技後半に行い、1割増しを稼ごうとしたことも、ミスを誘発する危険な戦術だったと言える。
「真央対ヨナ」はよく「ジャンプ対表現力」の勝負と言われているが、ジャンプのみの勝負を考えても、真央ちゃんのプログラムは不利なのである。3+3、2+3のコンビネーションジャンプを決めてくる相手に対して、コンビネーションの1つ目で3アクセルを決めても、2つ目が2回転であれば、3アクセルの価値は相殺される。「ルール上3アクセルの基礎点をもっと上げるべき」と本田武史は言っていたが、3アクセルの基礎点8.2は、直下の3ルッツ6.0より既に2.2高く設定されており、これ以上の「高評価」は難しいだろう。
ジャンプ以外の技術要素を比較したのが、以下の表である。
Planned Elements | Executed Elements | Base Value | GOE | Score | |
Kim | FCoSp | FCoSp4 | 3.00 | 0.80 | 3.80 |
Asada | FCoSp | FCoSp4 | 3.00 | 0.80 | 3.80 |
Kim | SpSq | SpSq4 | 3.40 | 2.00 | 5.40 |
Asada | SpSq | SpSq4 | 3.40 | 2.60 | 6.00 |
Kim | SlSt | SlSt3 | 3.30 | 1.00 | 4.30 |
Asada | SlSt | SlSt3 | 3.30 | 1.10 | 4.40 |
Kim | FSSp | FSSp4 | 3.00 | 0.60 | 3.60 |
Asada | FSSp | FSSp4 | 3.00 | 0.80 | 3.80 |
Kim | CCoSp | CCoSp4 | 3.50 | 1.00 | 4.50 |
Asada | CCoSp | CCoSp4 | 3.50 | 0.80 | 4.30 |
要素のレヴェル、つまり基礎点はすべて同じ。GOEはトータルで真央ちゃんが0.70上回っている。真央ちゃんはジャンプ以外の技術で、キムを上回っているのだ。
3アクセルの完成度/安定度を上げるのはもちろんのこと、それ以外に今後真央ちゃんが頑張らなければならないポイントは、以下の2つである。
・苦手な3ルッツを克服して取り入れること
・コンビネーションジャンプの2つ目以降に3回転ジャンプを跳べるようになること
その上で、浅田真央チームは、基礎点算出の時点で演技構成点の差を埋められる計算が立つ「勝てるプログラム」を組むことが必要だ。今回のプログラムは、キムがミスをすることに賭けた、「勝てないプログラム」だったのである。
真央ちゃんが「ノーミス」を目指すのは、その後のことであり、キム・ヨナとのGOEや演技構成点のあからさまな差に我々が疑問を呈するのは、さらにその後のことである。