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ティエリー・アンリーの終焉 ~ バルセロナ移籍の本当の理由とは?
Jun. 24, 2007
arsenal20070624


まともな翻訳者にまともな対価を払ってまともな翻訳文を作成しようとしない馬鹿な日本語メディアは例によって、肝心な所を誤訳しているので、指摘しておく。

“I cannot take the chance to be there without Arsene Wenger and David Dein.”

誤:「監督もデイン氏もいないアーセナルで自分がそこにいられるチャンスはないだろう」

正:「監督もデイン氏もいないアーセナルに居るという賭けに出ることはできない」

take a chance to 〜 : (危険を冒して)〜することに賭ける

デイン氏、ヴェンゲル監督とアンリーは、確かに深い繋がりがある。特にヴェンゲル監督とアンリーは、切っても切れない間柄だ。しかし、「両氏がいないとフットボールが出来ない」はずが無い。フランス代表チームにデイン氏とヴェンゲル監督はいないし、バルセロナにはもっといない。それでもアンリーはフランス代表チームでフットボールをやってきたし、バルセロナでフットボールをやっていくだろう。ましてや、ヴェンゲル監督は、まだアーセナルにいるし、2008年の夏に辞めると決まったわけでもない。では何故、アーセナルではやっていけないのか?ヘンリク・ラーションは33歳になる年にバルセロナに移籍した。何故アンリーは31歳になる年に移籍出来ないのか?何故「今」でなければならなかったのか?

「アメリカ資本による株式買収に好意的だったデインがいなくなった」→「補強の予算が足りない」→「アーセナルが強くならない」と考えたのか?たしかにアンリーは折に触れ、ストライカーの補強を訴えてはいた。しかし、2005 - 2006シーズンの終わりに、今居るメンバーの大きな可能性を感じたはずだ。2006 - 2007シーズンの成績は良く無かったが、それはアンリー自身の不調と負傷に因るところも大きい。彼自身がトップフォームで、ファン・ペルシーが負傷しなかったら、得点力は充分に高かったはずだ。何故、少なくとももう1シーズン、全員がトップフォームのアーセナルがどこまで強いか、見極めることが出来なかったのか?

ヴェンゲル監督はアンリーの心の友であり、補強方針に多少の意見の食い違いはあるにせよ、出場機会の少なさに不平を言う選手をベンチに置くことを嫌うヴェンゲル監督の“スモール・スクァッド”の理念を、アンリーはよく理解しているはずだ。バルセロナがこの夏、何人かの選手を放出する情報をアンリーは得ていたのかも知れないが、何故、全試合90分出場など到底約束されないバルセロナに移籍したかったのか?「チームと監督は揺れた」が、それでも、選手と監督間の関係がアーセナルほど安定したクラブは、他に無い。チーム内の摩擦や軋轢も噂されるバルセロナに、今、行くことは、「イチかバチかの危険な賭け」では無いのか…?

「スペインでプレイしたことは無かったし、これからも無い。自分にとって、これが最後の契約だ」という1年前の発言を覆す決断をした場合、ファンのために、何らかの理由を提示することは必要だ。アンリーが今回、自らしたためた文章で理由を提示したことは、彼がファンに対して出来る、精一杯の思いやりだったのだろう。理由を提示する為に、ヴェンゲル監督の去就という、微妙な問題にも触れざるを得なかったのだろう。しかし、そこに書かれている「理由」は、100%嘘では無いにせよ、我々ファンが納得出来るものであるとは言えない。公に言えない、本当の、第一の理由とは何か。


私にはわかる。それは「アンリーが自らの衰えを感じたから。」である。

2005 - 2006シーズンの終わりに、アンリーは、まだまだやれると考えていた。しかし、次のシーズンを戦ってみて、自らの精神、肉体が衰えつつあることに気付いてしまったのだ。我々はアンリーの不調を、怪我のせいだと思っていた。だが実はそれだけでは無かった。アンリーは、負傷が完治しても、もうプレミアリーグでの、ヴェンゲル監督の要求する過酷なチーム・パフォーマンスの中で、かつてのような活躍が出来ないことを、自ら悟ってしまったのである。もしかしたら監督も、それに気付いていたかも知れない。

プレミアシップが、世界一タフで、強靱な精神と肉体を要求するリーグであることは、アンリーは誰よりも知っている。加えて、ヴェンゲル監督のフットボールが、集中力とスピードを90分間絶え間なく要求するものであることも、アンリーは誰よりも知っている。先発した試合で、60分過ぎにさっさと交代するアンリーなど、アーセナルファンは誰も見たく無いことも、アンリーは誰よりも知っている。

アンリーがスペインのクラブに移籍した本当の理由。それは、ピレスと同じものだったのだ。「プレミアの、ヴェンゲルのレヴェルではもう、かつての様に活躍出来ない。スペインの、のんびりしたスローペースなフットボールなら、余裕を持ってテクニックを披露させてもらえるし、多くのアタッカーを抱えるバルセロナなら、90分走り回ることも要求されないだろう。そこでなら、もう4シーズンやれる。」


私が残念なのは、アンリーがアーセナルを去ってしまったことだけでは無い。ティエリー・アンリーという、世界最高のフットボールプレイヤーの、世界最高のレヴェルにおける世界最高のプレイが、どのクラブにも、もう二度と戻って来ないだろう事。いつかは必ず来るその日が、こんなにも早く訪れてしまった事。私にはそれが、残念で堪らない。