ワールドカップ南米予選、アルゼンチン対ブラジルの再放送を観ていて、先日紹介した「怒り」についてのアンリーのコメントは、記者のどんな質問が引き出したものだったのだろうかと、ふと考えた。それは恐らく、次のような、意地の悪いものだっただろう。
「ロナウジーニョはいつも笑みを浮かべながら楽しそうにプレイしているが、あなたはいつも怒っているような顔をしている。それは何故ですか?」
私も昔、テレビ局の上司によく言われたものだ。「ナカハラはいつも怒りながら仕事してるな」と。作る番組の質に文句は無いが、もう少し柔和になれないものか、という批判である。
先日のCL決勝でもそうだったが、ブラジルがアルゼンチンにボコボコにされたこの試合で、ロナウジーニョの顔に笑みは無かったし、決して楽しそうでは無かった。最強のアルゼンチンを相手に、ほとんど何も出来ず、フラストレーションを露わにし、ソリンの顔に手を出した。相手に3-0のリードを許した前半終了真際に、強引なドリブルで3人躱したもののアジャラに潰されたプレイは、テクニカルではあったものの、ほとんど意地になっているようで、全く周りが見えていなかった。当然、「楽しい」個人技も、「ノールックパス」も、見せる余裕などあるはずも無い。笑みが消えた時のロナウジーニョは、凡庸なプレイヤーである。
一方、怒りに満ちた顔をしている時のアンリーは、誰にも止められない、世界最高の破壊力を持つ、最強のプレイヤーである。キックオフ前、アンリーが穏やかな笑顔を見せているような時に、無知な日本人実況解説者は決まって、「調子が良いのでしょうね」などと言った蒙昧で安易なコメントを垂れ流すが、実は笑っている時のアンリーの調子はそれ程でも無く、怒ったような顔をしている時のアンリーは、気合いもコンディションも最高であり、必ずや爆発的なパフォーマンスを見せるだろう事を、我々は知っている。
楽な状況で笑みを浮かべ、苦しい状況で怒った顔をするのは、誰にでも出来る、凡庸で平均的な感情表現の傾向である。笑みが消えた時、同時にその能力も影をひそめてしまうような者は、怒りを漲らせ、怒りに駆り立てられた時にこそ最高のパフォーマンスを実現出来る者の、足元にも及ばない。
「アンリーとロナウジーニョのどちらが優れているか?」--- この下世話で興味本位な問いに対して、敢えて答えるとするなら、答えはこうだ。「格が違う」。ロナウジーニョは、28歳になる時までに、もし、そのプレイ中の表情からニヤニヤ笑いを消し去る事が出来、野獣のような表情で最高のプレイが出来るようになったなら、その時に初めて、アンリーと並ぶ事が出来るだろう。