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“Lord Of The Other Game” ~ NIKE フットボールCMの「技術」と「発想」
May 10, 2004
load of the game


欧州各国リーグではシーズンも最終段階。優勝が続々と決まり、海外サッカーファンの興味は来る EURO 2004 へと移っていくわけだが、この時期を狙って現在放送されているNIKE フットボールのCMが、面白い。ナイキのCMではこれまでにも、各国スタープレイヤーが怪しい船の中で秘密の3対3トーナメントを繰り広げる、といった傑作シリーズが放送され、ファンの目を楽しませてきたが、今回はその集大成とも言えるものだ。

“The Other Game” と題されているこのフルサイズ90秒の作品は、カンプノウ(のように見える大スタジアム)で行われる架空の国際試合「ポルトガル対ブラジル」のキックオフ前、ピッチへのトンネルに並ぶフィーゴがロナウドを挑発したせいで、両国代表選手達が入り乱れ、ボールの奪い合いを始めてしまう、というものだ。ロベルト・カルロス、デニウソン、C.ロナウド、パウレタ、ロナウジーニョといった名手達が、屋内通路やロビー、試合前のピッチを駆け巡りながらスーパーテクニックを披露する。この「ゲーム」、どうなると「勝ち」なのかはよく解らないが、とにかく見応えたっぷりである。突然の混乱に戸惑うスコラーリ監督や、カントナの表情もユーモラスだ。

途中、ロナウドとの1対1でフィーゴがボールを場外に蹴り出してしまい、何故かボールを拾ったトッティに「取って〜!」と叫ぶ(いや、本当は「トッティ!」と叫んでいるのだが)シーン。U.K.版では、トッティではなくファン・ニステルローイが登場する。いずれにしてもこの人達がこの時期に、スペインに滞在している、という設定もちょっと意味深で可笑しい。バックに流れる軽快な音楽は、'50年代にヒットしたペリー・コモの “Papa Loves Mambo” だ。歌詞の内容、そしてマンボに付き物の「ウー!」という掛け声と、映像とのシンクロ具合も気が利いている。

さて、このコマーシャルフィルムを、制作者側の視点で見てみよう。これだけのメンバーをCM撮影の為に現実に一堂に集めるのは、スケジュール上不可能だろう。当然、各種の映像合成技術が使われているわけだが、各ショットの中で、最も先端的な技術が駆使されているのは、どの部分だと思いますか?

それは、大スタジアムの客席を埋め尽くし、熱狂する「観衆」である。

10万人近いサポーター役のエキストラを実際に集めて撮影するとしたら、そのコストはあまりにも非現実的。ならば、どうするのか?CGで作るんです。いや、正確には「増やす」と言うべきだろう。

英国に本部を置く「Mill」というプロダクション制作による、このCMで使用されているテクノロジーは、映画「ロード・オブ・ザ・リング」でも使われた、「Massive」と呼ばれる3DCGソフトウェアだ。モーションキャプチャでデータ化された少数の人間の動きにヴァリエイションを加えながら、何百倍にも「複製」して、「群集」を作り出す。複製された人間達には、その性格・置かれた状況などのデータが加味される。これによって、ひとりひとりが同じ動きをせず、かつ或る種の統一感を持った「群集」が出来上がるのだ。実際、この作品では、108のモーションキャプチャデータを元に93,000人の「観衆」が作り上げられている。そして、それぞれの「個人」には、それが男性か女性か、ポルトガルサポーターかブラジルサポーターか等によって異なる性格付けが為されている(ポルトガルの方がブラジルに較べて「おとなしい」らしい)、というのだ。視聴者の目に映る主役は、もちろん名立たるフットボールプレイヤー達だが、映像制作者の視点で見たこの作品の「主役」は、トータル数秒にも満たない「大観衆」のカットなのである。

この作品は、ポストプロダクション(=撮影終了後の合成・加工・編集作業)に約2ヶ月を要したという。「2ヶ月もかかった」と言うべきなのか「たった2ヶ月で出来た」と言うべきなのかは微妙なところだが、なによりも凄いと思うのは、技術もさることながら「人の発想と執念」である。よくもまあこんな面倒臭いものを作ろうと思うよな、ってことだ。

ちなみに、サッカー選手がユニフォームを着て登場する日本のCMで記憶に残っているのは、「カップラーメンが無いと聞いて飛行機から飛び降りる前園と中田英。」とか、「ボールの着ぐるみを着て転がる中田浩、呆れる高原。」とか「FK蹴ろうとしたら歯のオバケみたいなのが立ちはだかって、肩をすくめる俊輔。」とか「等身大の発泡酒の缶をかわしながらボールキープする俊輔。」とかぐらいだ。外国人選手では、「ヒトリデデキタ!」のジーコとか、「ジダンが地団駄。」とかいうのもあった。

・・・。もちろん、制作上の台所事情が海外CMとは比較にならないのは当然だろう。しかしながら、クリエイターにとって大切なことは、「もしナイキのCMと同じぐらいの制作費と制作期間が自分に与えられたら、どんなものが創れるか?」という問いに、心の中で答え続けることである。