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U.K. “U.K.” (1) ~ ホールズワースとブラフォードが来なかった大阪厚生年金会館
Feb. 13, 2004
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去年の12月に、クリムゾンの “Red” を紹介したけど、このアルバムの後ライヴ盤を1作出して、キング・クリムゾンは解散しちゃった。で、しばらくして、ビル・ブラフォードとジョン・ウェットンが新しく結成したのが、どーん!。このバンド、「U.K.」です。

“U.K.” U.K. (1978)

エディ・ジョブスン Eddie Jobson (Kbd, Vln)
ジョン・ウェットン John Wetton (Vo., EB)
アラン・ホールズワース Allan Holdsworth (Gt.)
ビル・ブラフォード Bill Bruford (Dr.)

いやー、このファーストアルバムは、聴きましたねー。本当にもう、繰り返し繰り返し。文字通りレコードが擦り切れる程に。およそ「ロック」の範疇に入るアルバムの中で、一番聴いたんじゃないかな。長いインスト部分やインプロヴィゼイションを含めて、今でも全部歌えるぞ。複雑な変拍子も全部刻めるぞ。高校1年の時放送委員だったんだけど、昼休みにこのアルバムを全校に流したぞ。当時からそんなことやってたのかオレは。

最も衝撃的だったのは、アラン・ホールズワースのプレイだった。当時はまだ、日本のギターキッズの間ではそれほど知られていなかった彼だが、私は「この人は、後のギタリストに物凄い影響を与える、イノベイター(=技術革新者)としては歴史上5本の指に入るようなギタリストなんじゃないか」と思った。

翌年の'79年、そんなU.K.の来日が発表された。私が即座にチケットをゲットしたのは言うまでもない。私はもうなーんヶ月も前から、U.K.だけを待ってた!ホールズワースってどんな奴やろな。ブラフォードはやっぱしロートタム使いよるんかな。レコードとは全然違う即興演るんやろなー・・・!

ところが、である。私の記憶が確かならば、来日の数週間前に、肝心のホールズワースとブラフォードが、U.K.から脱退してしまったのだ。

1979年5月31日。本当にあれは木曜日だったのだ。せっかく買ったチケットだし、私は大阪厚生年金会館に行った。重い足取りだった。

ギターとドラムスの抜けたU.K.は、新たにドラムス奏者だけを加えて、3ピースバンドになっていた。ライブは始まった。あれれ、3人なのに、音は分厚いぞ。あのドラムのせいだ。やけに元気だな。手数(かず)王だな。すげーぞあいつ。

その「あいつ」が、のちのテリー・ボジオ Terry Bozzioである。いや、当時からテリー・ボジオだが。