jp

「サンタクロースはいるの?」に関する論理学的考察
Dec. 24, 2003
さんたくろーす


毎年クリスマスになると、1897年の「ザ・サン」紙(ニューヨークの日刊紙)に掲載された編集者コラム(*注)(写真)のことが話題にのぼります。ヴァージニアという8歳の女の子が投書した、「サンタクロースはいるの?」という質問に編集者が答えたものです。

その全文はこちら

*注:「社説として載った」とよくいわれているようですが、欧米紙の “editorial page” は日本のいわゆる社説とは違いますね。正確な全訳も、少なくともネット上には見つかりませんでした。

そこで今夜は、この問いと、それに対する編集者の回答を拙訳により紹介し、論理学的に分析してみましょう。論理に強い音楽人がいてもええやろ?

問い:“Is there a Santa Claus?” 「サンタクロースはいるの?」
答え:“Yes, Virginia, there is a Santa Claus.” 「そうだよヴァージニア。サンタクロースはいるんだよ」

さて、「サンタクロースは、いる」とするためには、論理上、以下のふたつの作業が必要です。

a) 「サンタクロース」とは何か、を定義づける
b) a) で定義づけた存在が「いる」ことを論証する

回答のなかで、筆者はまず a) の作業を行います。「サンタの定義」をさらに細かく分けると、「サンタ」を含むような大枠=「類概念」を示し(=「人間とは哺乳類である」)、さらにその「類」に所属する他のものと「サンタ」とを区別する「種差」を示さなければなりません(=「人間とは直立歩行する哺乳類である」)が、筆者は類概念のみを示します。

“He exists as certainly as love and generosity and devotion exist, and you know that they abound and give to your life its highest beauty and joy.”

「愛や心の広さや身を捧げる気持ちが、この世にある。これらはたくさんあって、私たちの生活に最高の美と喜びを与えてくれるよね。それと同じように、サンタもいるんだよ。」

つまり筆者は、「サンタは、愛や心の広さや身を捧げる気持ちと同じ存在の仕方で存在するところの存在である」という、存在仕方によって定められる類概念を示しているわけです。

次に筆者は、「そんなサンタという存在が、ある」ことを論証しようとします。筆者は、「サンタが存在しないという証拠の提示(=反証)が不可能である」ことを指摘することによって、これを行います。  

“You might get your papa to hire men to watch in all the chimneys on Christmas eve to catch Santa Claus, but even if you did not see Santa Claus coming down, what would that prove? Nobody sees Santa Claus, but that is no sign that there is no Santa Claus.”

「パパに人を雇ってもらい、サンタをつかまえようと、イヴの日に全部の煙突を見張らせてもかまわないけど、もしサンタクロースが降りてくるのを見つけられなかったからといって、なんの証明にもならないよね?サンタクロースを見た人はいないけど、だからといってそれは、サンタがいないことのしるしにはならないね。」

まったくです。非常に論理的ですね。

“You tear apart the baby's rattle and see what makes the noise inside, but there is a veil covering the unseen world which not the strongest man, nor even the united strength of all the strongest men that ever lived, could tear apart. Only faith, fancy, poetry, love, romance, can push aside that curtain and view and picture the supernal beauty and glory beyond. Is it all real? Ah, Virginia, in all this world there is nothing else real and abiding.”

「赤ちゃんのガラガラを割れば、音を出している中身を見ることは出来る。でも、眼に見えない世界を覆っているベールは、最強のつわものたちが束になってかかっても、引き裂くことができない。信じる気持ちや、想像、詩、愛、ロマンだけが、最高の美や輝きをおおうカーテンを開くことができるんだよ。そういうものが本当にあるかって?ああヴァージニア、世の中にこれほど本当で、永遠なものは他にないんだよ。」

この部分ばかりがクローズアップされている翻訳をよく見かけます。ここだけ読むと「眼に見えないものが大切。信じる気持ちや想像力は素晴らしいものだ」みたいな、よくあるお題目にも見えますが、この英文記事が永く語り継がれているのは、それが、8歳の女の子を子供扱いしない、論理性に裏打ちされた「答え」だからです。論理性が、夢を与えてくれることもあるんですね。

この筆者がやり残していることがひとつ。それは、「サンタクロースの定義における種差の指摘」、つまり「愛や心の広さや身を捧げる気持ちetc.と、サンタとを区別するための属性の指摘」なわけですが・・・この命題に関して、それが、はたして必要でしょうか?